在韓日本人の私有財産の没収について / 軍令33号と人質外交

韓国が、在韓日本人の私有財産と5億ドルの経済協力金を獲得し、それと引き換えに対日請求権を放棄した。これにより、アメリカの軍令33号によって始まった日韓請求権問題は、完全かつ最終的に解決した。

1945年12月6日(公布)
軍令33号(米軍政法令第33号「朝鮮内にある日本人財産取得に関する件」)
昭和36年10月7日 中川融(外務事務官(条約局長)) 148
◆占領軍であります以上、国際法あるいは戦時法規というものに従わなければならないのは当然でございまして、そういう原則があるにかかわらず、一方朝鮮においては、こういう一般国際法に反した措置をとった。

昭和38年1月30日 木原津與志(日本社会党) 182
◆国民は、すでに不当に国際法に違反して、朝鮮在住30万の当時の在韓日本人が、終戦後私有財産にして1兆2000億といわれておるこの点について大蔵大臣からまた資料をいただきますが、関係者に言わせれば、10万人の個人財産1兆2000億という財産を、当時アメリカの軍司令官の軍令33号によって没収されてしまった。
①アメリカ(在朝鮮アメリカ陸軍司令部軍政庁)が、軍令33号に基づいて在韓日本人の私有財産を接収した。この時点では没収ではなく接収であり、アメリカは在韓資産の返還義務を負っていた。
1948年9月11日(署名)、9月20日(発効)
アメリカ合衆国政府と大韓民国政府との間の財政及び財産に関する最初の取決
昭和27年5月14日 岡崎勝男(外務大臣) 018
◆アメリカと韓国との協定と申しますものは、要するに米軍司令官のとりました措置をそのまま韓国側に譲りまして、韓国側でそれを引継いで管理するというのが趣旨と考えます。従って在韓米軍政府がヴェスティング・オーダーによって財産の処分をしたので、その処分はわれわれも認めるけれども、その処分の結果、たとえば家が売られてしまったら、その売られた代金については、家を持っている日本人にまだ請求権がある。家を処分した、売ったという事実は承認する。こういう議論はこの米韓協定がありましても依然としてかわらない、同じことだと考えております。
②アメリカが接収した在韓日本人の私有財産を、「アメリカ合衆国政府と大韓民国政府との間の財政及び財産に関する最初の取決」に基づいて韓国に無償譲渡した。これにより、韓国が在韓資産の返還義務を負うことになった。
1951年9月8日(署名)、1952年4月28日(発効) PDF
サンフランシスコ講和条約(日本国との平和条約)
◆第4条 (b) 日本国は、第2条及び第3条に掲げる地域のいずれかにある合衆国軍政府により、又はその指令に従って行われた日本国及びその国民の財産の処理の効力を承認する。

昭和27年5月14日 岡崎勝男(外務大臣) 007
◆財産及び請求権の問題といいますのはサンフランシスコにおける平和条約第4条の(a)項によりまして、両国間で特別のとりきめをして解決することになっておるのであります。同時に、やはりこの第4条の(b)項によりますと、わが国は、朝鮮においてわが国及び国民が持っていた財産に対して米軍政府がとった処分の効力を承認することになっております。そこで問題は、この処分の効力を承認するという「承認」が、どういう意味であるかということになるのでありますが、この点では日韓双方の意見が食い違っておりまして、話がまとまらないのであります。

◆平和条約第4条(b)項、すなわち日本が財産処分の効力を承認するという意味も、その条文並びに一般国際法の原則、通則によって解決せらるべきものであって朝鮮の米軍政府が占領軍としての資格において、日本の私有財産について敵産管理的の処分を行った場合においても、その財産に対する元の所有権は消滅しない、たとえば売却行為が行われたときに、その売却代金に対しては日本側の所有者が請求権を持っておる。つまり売却の処分をしたというその処分は承認するけれども、その財産の元の権利はあるのであるから、売却によって生じた代金は、われわれの方で請求できるのであるという主張をいたしておったのであります。
③サンフランシスコ講和条約第4条(b)項により、アメリカの行った処分(在韓日本人の私有財産の接収と韓国への無償譲渡)を日本が承認した。ただし、韓国が負っていた在韓資産の返還義務がなくなったわけではなかった。
1957年12月31日
アメリカ覚書(アメリカ政府見解口上書)
昭和37年1月29日 小坂善太郎(外務大臣) 113
◆終戦直後の軍令33号によって、アメリカが日本財産を没収しまして、米韓協定でこれを韓国に渡した、そして、日本はその事実を平和条約の第4条(b)項によって承認しているという関係でございます。

◆1957年にアメリカ解釈というものが出まして、こういうものを提供したという事実は考慮に入れるということでございますので、そういうことを頭に入れて交渉している、こういうことでございます。
④アメリカの圧力(覚書)と韓国の人質外交(1957年時点で951人が抑留)により、日本は「サンフランシスコ講和条約」の解釈を変更して対韓請求権を放棄した。これにより、韓国が負っていた在韓資産の返還義務がなくなった。ただし、日本が放棄した対韓請求権と韓国の対日請求権を相殺することになった。
1965年6月22日(署名)、1965年12月18日(発効) PDF
日韓請求権協定(財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定)
◆日本国及び大韓民国は、両国及びその国民の財産並びに両国及びその国民の間の請求権に関する問題を解決することを希望し、両国間の経済協力を増進することを希望して、次のとおり協定した。

◆第1条 1 日本国は、大韓民国に対し、
(a)現在において1080億円に換算される3億合衆国ドルに等しい円の価値を有する日本国の生産物及び日本人の役務を、この協定の効力発生の日から10年の期間にわたって無償で供与するものとする。(略)
(b)現在において720億円に換算される2億合衆国ドルに等しい円の額に達するまでの長期低利の貸付けで、大韓民国政府が要請し、かつ、3の規定に基づいて締結される取極に従って決定される事業の実施に必要な日本国の生産物及び日本人の役務の大韓民国による調達に充てられるものをこの協定の効力発生の日から10年の期間にわたって行なうものとする。(略)

◆第2条 1 両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、1951年9月8日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第4条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。

昭和36年2月13日 木原津與志(日本社会党) 096
◆日本が莫大な個人財産を放棄したということを考慮に入れるということになれば、外交のしろうとのわれわれとしましても、しろうと考えですが、そうすれば、その日本が放棄した財産のほんの何分の1かにすぎない韓国の財産請求権を、この日韓会談の中で執拗に韓国が要求してくるという態度を、あなた方の会談の外側に私どもがおってこれを見る場合に、どうも納得できない。韓国の財産請求権といったって、これは未払い賃金だとか、恩給だとかいったようなものでしょう。そういったようなものは、日本が放棄した財産から比ぶれば、その価格から比ぶれば、これはとうていものの数ではないと私は思う。

昭和39年9月10日 戸叶里子(日本社会党) 067 071
◆韓国の外交というのは大体そうだと思うのです。何かやってもらいたいときには日本の国を何かの形で刺激をする、刺激をする場合には漁船を拿捕する、こういう形で自分たちのほうに有利にしようとするのが韓国の外交だと思いますけれども、こういう点について椎名外務大臣はけしからぬことだとお思いになりませんですか。

◆この2隻というのは、韓国のほうで自分たちのいろいろな条件を有利にするために政治的に拿捕したということが明らかでございます。
⑤韓国の人質外交により、日本が放棄した対韓請求権と韓国の対日請求権の相殺は行われなかった。そして、韓国による対日請求権の放棄と日本による5億ドルの対韓経済協力により、請求権問題は完全かつ最終的に解決された。
第13回国会 衆議院 外務委員会 第24号 昭和27年5月14日

007 岡崎勝男(外務大臣)
◆財産及び請求権の問題といいますのはサンフランシスコにおける平和条約第4条の(a)項によりまして、両国間で特別のとりきめをして解決することになっておるのであります。同時に、やはりこの第4条の(b)項によりますと、わが国は、朝鮮においてわが国及び国民が持っていた財産に対して米軍政府がとった処分の効力を承認することになっております。そこで問題は、この処分の効力を承認するという「承認」が、どういう意味であるかということになるのでありますが、この点では日韓双方の意見が食い違っておりまして、話がまとまらないのであります。

◆韓国側では日本の朝鮮領有を不法であったというふうに初めから前提をいたしておりまして、かかる不法な領有の上に蓄積された日本の財産は、ことごとく非合法的性質を帯びたものである、従って米軍政府の命令第33号、いわゆるヴェスティング・オーダーと申すものでありますが、及び米韓協定によって一切韓国のものとこの財産はされたのである、日本はもはや何も権利を持っていない、むしろ韓国側は連合国並に日本に対して賠償に近いある種の要求をし得えるものであるというような見解さえ表明して来たのであります。

◆これに対してわが方は、韓国側のこのような主張は国際法上も歴史的にも問題とならぬのだという点を説明しておりました。現にサンフランシスコの平和条約におきましても、日本の朝鮮にある財産の処理については明文の規定がありまして、両国間で協議をするということになっております。また問題となっております平和条約第4条(b)項、すなわち日本が財産処分の効力を承認するという意味も、その条文並びに一般国際法の原則、通則によって解決せらるべきものであって朝鮮の米軍政府が占領軍としての資格において、日本の私有財産について敵産管理的の処分を行った場合においても、その財産に対する元の所有権は消滅しない、たとえば売却行為が行われたときに、その売却代金に対しては日本側の所有者が請求権を持っておる。つまり売却の処分をしたというその処分は承認するけれども、その財産の元の権利はあるのであるから、売却によって生じた代金は、われわれの方で請求できるのであるという主張をいたしておったのであります。

018 岡崎勝男(外務大臣)
◆アメリカと韓国との協定と申しますものは、要するに米軍司令官のとりました措置をそのまま韓国側に譲りまして、韓国側でそれを引継いで管理するというのが趣旨と考えます。従って在韓米軍政府がヴェスティング・オーダーによって財産の処分をしたので、その処分はわれわれも認めるけれども、その処分の結果、たとえば家が売られてしまったら、その売られた代金については、家を持っている日本人にまだ請求権がある。家を処分した、売ったという事実は承認する。こういう議論はこの米韓協定がありましても依然としてかわらない、同じことだと考えております。
※在韓日本人の私有財産をアメリカが接収して韓国に譲渡した。サンフランシスコ講和条約で、接収したことは承認したが、没収することには同意しなかった。
第28回国会 衆議院 外務委員会 第4号 昭和33年2月17日

114 川上貫一(日本共産党)
◆日韓の共同覚書によりますと、合衆国政府の見解を基礎として云々という文句があるのでありますが、その基礎となった合衆国政府の見解、これはどういうものであるのか、お答えを願います。

117 藤山愛一郎(外務大臣)
◆アメリカの解釈というものは、日本が請求権を放棄したそのことを十分念頭に置いて韓国側が問題を考える、こういうことでございます、一口に言えば。

119 板垣修(外務事務官(アジア局長))
◆日本の対韓請求権を放棄するかいなかにつきましては、法理的に従来疑いがあったのでありますが、その後日本側でも研究をいたしまして、たまたま平和条約に主役を演じましたアメリカ側との解釈も一致いたしましたので、その解釈の基礎のもとに対韓請求権を放棄するということに決定を見たわけでございまして、その参考といたしまして、アメリカ側の解釈なるものが文書になってできておるわけでございます。

134 川上貫一(日本共産党)
◆日本は韓国に対する請求権を放棄したようでありますが、韓国の分、韓国の日本に対する請求権はどうするつもりでありますか。

135 板垣修(外務事務官(アジア局長))
◆平和条約の解釈から日本の対韓請求権はなくなりましたが、韓国の対日請求権は理論上あるわけでございます。
※アメリカの圧力と韓国の人質外交(1957年時点で951人が抑留)により、サンフランシスコ講和条約の解釈を変更して、在韓日本人の私有財産を放棄することになった。これにより、在韓資産の接収が没収になった。ただし、放棄した在韓資産の分は、韓国の対日請求権から差し引くことになった。
第38回国会 衆議院 予算委員会 第3号 昭和36年2月4日

097 田中織之進(日本社会党)
◆昭和32年の12月31日に、日韓会談が途絶していたものを再開するということについて日韓双方で共同声明を出しました。その共同声明で、この財産請求権の問題について日本側の請求権の放棄をうたって、会談再開への合意に達したことが共同声明に出ておりますが、この線を出発点として会談に臨まれるのかどうか、こういう意味です。

098 小坂善太郎(外務大臣)
◆平和条約の第4条(b)項におきまして「合衆国軍政府により、又はその指令に従って行われた日本国及びその国民の財産の処理の効力を承認する。」という項がございます。なお同条約の(a)においてこれは考慮さるべきであるとの米側の解釈があるのでございます。そうした基本的な態度で臨むわけであります。

099 田中織之進(日本社会党)
◆私は1957年12月31日の共同発表というものは非常に重要な問題を含んでおると思うのです。いわゆる久保田発言を撤回して日本の財産請求権を放棄したということなんでありますが、その根拠は一体何に基づいておりますか。

100 小坂善太郎(外務大臣)
◆平和条約第4条(b)項でございます。ただ念のため申し上げておきますると、今申し上げましたようにそれはするが、一方において放棄したという事実は考慮するべきである。アメリカ軍政府によってこれは放棄したということをこちらは認めたわけだけれども、その放棄したという事実は考慮されるべきである、こういうこともまた一方にあるわけであります。

101 田中織之進(日本社会党)
◆この共同声明に従いまして、韓国、少なくとも38度線以南にあった日本人の在韓資産というものに対しての請求権の放棄はもう確定しているわけですね。

102 小坂善太郎(外務大臣)
◆放棄を確定しても、放棄したという事実は考慮に入れて交渉をする、こういうことであります。
※アメリカの圧力(覚書)と韓国の人質外交(1957年時点で951人が抑留)により、アメリカに接収され韓国に譲渡された在韓資産の没収が確定した。ただし、没収された在韓資産の分は、韓国の対日請求権から差し引くことになった。
第38回国会 衆議院 予算委員会 第10号 昭和36年2月13日

075 木原津與志(日本社会党)
◆私どもが日本人としてこの会談の中でなぜ日本人があそこに置いてきた私有財産の問題、いわゆる日本人が韓国に対して有する財産請求権の問題――韓国が日本に財産請求権を持っておることはこれは当然でしょう。若干ありましょう。ありましょうが、日本が韓国に請求しなければならぬ財産請求はおそらく膨大な、韓国が日本に請求するものとはけた違いに大きなものでなければならぬ。あそこに100万近くの同胞が30有余年間にわたって汗水流して置いてきた財産あるいは莫大な会社あるいは産業施設、こういったようなものを価格で算定してみますと、あとで大蔵大臣にどれくらいの額かお聞きしたいと思いますが、何兆億、何十兆億の私有財産だろうと思う。その私有財産は当然韓国に対して、戦時法規に基づいて、国際法の正面の規定に基づいて、われわれは請求できる権利を留保してあるわけだと思う。

076 小坂善太郎(外務大臣)
◆1945年に軍令によりまして、韓国にありましたわが方の財産については取得し所有するということに、米軍がいたしておるわけであります。48年にこれが韓国へ引き渡されておるのであります。1951年に平和条約ができまして、その4条(b)項におきまして、引き渡されておるという現状を認めたのであります。そこで1952年に日韓の交渉が最初に行なわれましたときに、ただいま木原さんが言われたような趣旨をもって、わが方から、占領軍は戦時国際公法に認めたことしか行なえないのであるから、これは私有財産には及ばない、従って45年の軍令においては、これは管理したにすぎないから、管理権の移転というものはあったけれども、それを認めたにすぎないのだという主張をしたわけでありますが、これがもとになりまして、これはいたく韓国側を刺激いたしまして、先方が激高して、それ以来交渉がとだえた、こういうのであります。

◆1957年、いわゆるアメリカの解釈というものがあるわけでありますが、そのアメリカの解釈というものに対して、日本は、この解釈は妥当なものである、かように認めておるわけであります。この点は先般田中織之進委員に対してもお答えしたことでありまして在韓の日本財産というものはさように先方に譲り渡したのであるけれども、そうした事実は頭に置いて請求権の交渉の際には考えるようにする、かようなことになっておるわけであります。

◆今次の戦争におきまして、従来の国際法で認められなかったような異例の措置が連合国によってとられまして、その結果が平和条約によって承認されたことは、他にもそうした例があるわけでございます。たとえば連合国内にあります日本国民の財産は、私有財産であるにかかわらず没収されております。これは平和条約の第14条によってでありますが、また中立国にあります日本財産も、赤十字国際委員会に引き渡されるものとされておるのであります。これは平和条約の第16条であります。

◆在韓の日本の財産はそのときに先方の所有になったということを認めるということは、その認めるという事実を頭に入れて、次の財産請求権の交渉があります際には考慮をするという建前になっておるわけであります。

077 木原津與志(日本社会党)
◆連合国が占領中に日本人の私有財産を没収したということなんですが、そう解釈されるのだということでありますが、まだ戦争状態が終結していないときに、占領地において個人の敵産を占領軍が没収するというようなことが、一体国際法上認められたことであるかどうか。私どもは国際法を若干読んだものでございますが、占領軍が敵産を管理するということは、法上これは当然なことなんです。しかし占領軍が占領したその敵産を没収するというようなことは、これは戦時国際法の違反であって、こういうようなことを前提として交渉を始められるというところに私は問題があろうかと思うのです。

078 小坂善太郎(外務大臣)
◆平和条約の第14条、第16条でさような異例の、従来の国際法と違った措置を日本が承認をいたしておる、かような関係になっておるのであります。

079 中川融(外務事務官(条約局長))
◆普通の戦時国際法の原則によれば、占領地におきまして私有財産の没収ということはないわけでございますが、今次戦争の跡始末の態様といたしましては、そのような異例の措置を平和条約で日本が承認したという格好になっておるのであります。同じようなことは、大臣が先ほど申されたように、14条関係の旧敵国における財産、16条関係の中立国における財産というようなことにおきましても、普通ではあり得ない措置を平和条約の結果として日本は認めておるのでありまして、やはりこれと同じような性質の措置であろう、かように考えております。

084 木原津與志(日本社会党)
◆アメリカの法律により、あるいは国際法によれば、これは当然占領軍が占領をした地域における敵国人の個有財産を管理する。占領軍司令官が管理をするということになっているのでございますから、この範囲を越えて軍司令官が勝手に敵国人の財産を没収するというようなことはできるはずがない。アメリカの法律によってもできないし、あるいは国際法によってもできない。できないことをあえて軍司令官がやったということになれば、これは軍司令官の国際法の違反であって、こういうものは効力がないじゃないか、こういうものをどうしてあなた方は認められて、その前提に立って日韓交渉を妥結されようとされるのか、その点が私にはわからない。

◆アメリカの軍司令官が日本人の私有財産を没収してそれを韓国にやったのだから、移転したのだから、トランスファーしたのだから、もはや日本に私有財産の請求権がなくなったのだというようなことは、これは許されません。国際法上も筋が通らないし、またそれでは日本人の立場が一体どうなりますか。30何年朝鮮外地で営々として営んできたその財産を、何にも持たぬで、たった1000円もらって引き揚げてきて、そうしてその財産はアメリカ軍が管理してくれているのだから、当然後日日本に帰ってから、戦争が済んで平和条約ができた上は、アメリカの管理権がなくなってくれば当然こっちに返るか、あるいは賠償との引きかえになるかもしれぬが、そのときはいずれも無償で没収をされることはないというかたい確信を持って、日本人は引き揚げてきている。いまだに返還を期待しているのです。それをあなた方のように、アメリカが軍司令官の軍命令で財産を没収して、そして韓国にこれをトランスファーしたのだから、もう日本としてはどうすることもできない、そういったような国際法を無視し、国際慣例を無視したようなことをどうした基礎にしてあなた方は日韓交渉をやられるのか。

◆日本が承認したのは、この4条(a)項、(b)項にある通り、そういったアメリカの敵産管理によって処理したことを承認しておるのであって、財産を没収したことを日本は承認してはいないのです。また、承認するといっても、個人の私有財産を放棄してしまうこと、国家が勝手に、国民に相談なしに、議会に相談なしに、そういうような勝手な措置をすることができますか。これは国家の越権ですよ。国の財産を国が放棄するというのだったら、これは話はわかる。自国の国民の個人財産、私有財産を国が勝手に、もう要りません、返還してもらわぬでもいい、要りませんというようなことをどうして言えますか。あなた方の態度はどうもおかしいと思う。

086 木原津與志(日本社会党)
◆アメリカが戦時法規を無視して――他人の財産を、たといそれが敵国人の私有財産といえども、これを没収することができないというのは世界の原則なんです。その原則をアメリカが破って没収したというようなことは、私どもは考えられないし、また考えたくないのです。

087 中川融(外務事務官(条約局長))
◆こういう普通の戦時国際法で認められないような措置を日本は認めるべきではないという御意見、まことにごもっともな御意見ではありますが、これはやはり平和条約でこのような異例な措置を認めておるのでありまして、ほかにも、たとえばアメリカやイギリスその他の旧敵国にありました財産、これも私有財産でありますから当然本人に返るべきでありますが、平和条約でこれも没収されておるのであります。まして中立国にある私有財産まで、これは国際赤十字に渡せということになっておりまして、そのような異例な措置が平和条約の結果、戦勝国と戦敗国との間にきめられるという事例は、必ずしも例がほかにないでもないということを御了承願いたいと思うのであります。

088 木原津與志(日本社会党)
◆戦時国際法では、私有財産は絶対没収をしないというのが大原則です。また過去において私有財産を没収した例はないじゃありませんか。第一次の世界大戦のときに、あのドイツ及びイタリアの終戦処理の状況によりましても、ドイツからポーランドが独立をした。領土を割譲されて独立をした。しかしあのポーランドにあったドイツ人の個人財産、私有財産、この私有財産は没収されることなく、補償を受けて、きれいにドイツ人に返されておる。イタリアにおいても同様のことがなされておる。今日まで、敗戦国の国民の私有財産が没収されるというような例は一つだってない。

◆日本の内地では、一応接収はしたけれども、米軍は講和条約ができると、その接収したものを日本の政府に返しておるじゃありませんか、貴金属なんか。あなた御存じでしょう。金とか白金とかこういったようなものを接収した。接収したが、講和条約ができたらこれを返しておる。朝鮮だけ没収したんだ。内地は没収したんじゃない、管理だ。内地だけは管理だが、朝鮮は没収だ、こういう解釈がどうしてできますか。朝鮮にあった日本人の私有財産と日本にあった日本人の私有財産との取り扱いを、どうして区別されますか。

089 中川融(外務事務官(条約局長))
◆朝鮮におきましては、遺憾ながら日本の私有財産は全部没収するという措置をとったのであります。どういう理由でということにつきましては、アメリカ側にもいろいろ聞いてみたこともあるわけでありますが、それは結局、朝鮮というものが日本から離れてあらためて一つの独立国になる、そういう際に財産関係をきれいさっぱりにしておくべきだという考えから、このような異例の措置をとったということであるのであります。

090 木原津與志(日本社会党)
◆そんなことを容認するということになれば、アメリカは世界の敵じゃありませんか。戦時国際法を無視して、個人の財産を占領地で没収するというようなことは、これはアメリカにとって大きな不名誉ですよ。そういうことをやってははいけない。いけないことをアメリカが、一番国際法を重視することを建前としておるアメリカが、そういうことをやるはずはないし、またアメリカの法律の中にも、敵産を没収するというような規定はないじゃありませんか。(「歯舞、色丹はどうなんだ」と呼ぶ者あり)歯舞、色丹はあとからやるから、待て。――没収することができないという明らかなことをアメリカがやるはずはない。だから、それをアメリカがやったのだといって、この膨大な日本人の私有財産を放棄して、そうしてその放棄したという上に立って今後の日韓交渉をやられるということについて非常に国民は不満を持っている。

091 中川融(外務事務官(条約局長))
◆異例な措置ではございますが、平和条約でその効力を承認しておるのでありまして、またアメリカの軍司令官のとりました措置が、アメリカ政府あるいはアメリカの陸海軍の総司令官である大統領の命令に基づいたものであることは間違いないのでありまして、なお前々から大臣から御説明いたしましたように、この財産はアメリカに没収され韓国に渡ったのでありますが、同時に日韓間で財産関係の協議をいたします際に、その事実は当然考慮に入れるということになっておる次第でございます。

092 木原津與志(日本社会党)
◆今大臣はアメリカが没収したということを考慮に入れるのだということをおっしゃった。それは具体的な意味は何なのですか。どういう考慮になるわけなのですか。

093 小坂善太郎(外務大臣)
◆その放棄したという事実、それが相当に膨大なものを放棄した、こういう事実を頭に入れて(a)項の取りきめのときの交渉の際に考える、かようなことでございます。

094 木原津與志(日本社会党)
◆放棄したということを考慮に入れるということになりますが、その点については韓国側も考慮に入れることを了解しておるのですか。

095 小坂善太郎(外務大臣)
◆1957年にアメリカ解釈というものに日本は同意して、これを日本の解釈としょうということにして、今も先ほどからお話ししたような経緯になっておるわけでございますが、そういうことで考慮に入れるということになっているのがアメリカ解釈であり、日本が同意した解釈である、この点については韓国側もさようなことを了承しておる、こういうわけでございます。

096 木原津與志(日本社会党)
◆日本が莫大な個人財産を放棄したということを考慮に入れるということになれば、外交のしろうとのわれわれとしましても、しろうと考えですが、そうすれば、その日本が放棄した財産のほんの何分の1かにすぎない韓国の財産請求権を、この日韓会談の中で執拗に韓国が要求してくるという態度を、あなた方の会談の外側に私どもがおってこれを見る場合に、どうも納得できない。韓国の財産請求権といったって、これは未払い賃金だとか、恩給だとかいったようなものでしょう。そういったようなものは、日本が放棄した財産から比ぶれば、その価格から比ぶれば、これはとうていものの数ではないと私は思う。そうすれば、それを放棄したことを考慮に入れるということになれば、当然そういう財産請求権を韓国が主張して、会談をデッド・ロックに今日まで乗り上げてきたということについてはどうも納得がいかない。だから私どもしろうとが推察するのに、日本とアメリカとの間にはそういったことを考慮に入れるということが了解できておるが、一方韓国にはその了解ができていないのではないかというふうに考えるわけなんです。この点どうなんですか。

097 小坂善太郎(外務大臣)
◆考慮に入れるということは、結局プラスとマイナスがあって、それを考慮に入れていくわけでございますから、場合に上ればプラスだと思っておったものがマイナスだということもあり得るわけであります。ところが、そういう点について非常に膨大な期待権を持っておって、それが交渉の障害になるという場合もあり得ると思うのであります。
※在韓日本人の私有財産の接収は合法であるが、没収は違法である。しかし、サンフランシスコ講和条約で日本が承認したので、在韓日本人の私有財産の没収が合法になった。つまり、敗戦国に認めさせれば国際法違反も合法になるというのが国連の論理である。また、韓国の対日請求権と日本の対韓請求権を相殺することになったが、その額に著しい差があるため、日本が多大な損失をこうむることが確定した。
第38回国会 参議院 本会議 第9号 昭和36年2月24日

031 小坂善太郎(外務大臣)
◆昭和32年末、日韓間に抑留者相互釈放及び第四次日韓会談開催に関する取りきめが成立いたしましたる際、サンフランシスコ平和条約第4条(b)項の処理の当事者である米国政府が、この項の解釈に対する覚書を示しました。その覚書の要旨は、在韓日本財産に対する請求権は、平和条約第4条(b)項によって消滅したけれども、この日本の請求権が消滅したという事実は、日韓間において、平和条約第4条(a)項に基づく請求権問題に関する特別取りきめをいたしまする際に、その交渉が行なわれまする際に、考慮に入れらるべきである、こういうことであります。すなわち、この覚書を日韓双方とも確認いたしたのでありますから、日本政府としては、今回の会談において、この解釈を基礎として請求権問題を処理していく方針であります。
※1957年(昭和32年)12月31日、韓国の対日請求権と日本の対韓請求権を相殺することに日韓が同意した。しかし、韓国は人質外交を続けて、この同意を反故にした。
第38回国会 衆議院 外務委員会 第6号 昭和36年3月1日

099 川上貫一(日本共産党)
◆外務大臣は韓国に対する請求権の問題、これは平和条約の第4条の(b)項によって消滅した、こういうように答弁なさっておられまするが、これはこの政府の解釈はいつごろからそういうことになっておりますか、これをお伺いしたい。

100 中川融(外務事務官(条約局長))
◆この解釈は昭和32年、1957年の12月31日からさような解釈をとっておるのでございます。

104 小坂善太郎(外務大臣)
◆戦時国際法で私有財産権は失わないということがあるので、いろいろその後においていきさつがあったわけですが、どうにもしょうがないということになったのが1957年の解釈ということになっております。

110 小坂善太郎(外務大臣)
◆覚書というものが出て、日本政府もこれはもっともじゃということできめたわけです。

113 川上貫一(日本共産党)
◆32年の12月31日にアメリカが覚書を出してきた、この覚書を出してこられて、仕方なしにとは言いませんが、政府は放棄したのであるということが、なぜはっきり言えないかということです。事情は明らかなのに、日本で考えてやったんでありますというようなことをなぜ言わなければならぬか。アメリカの覚書によって改めました、こうどうして言えませんかということを聞いているのです。

114 中川融(外務事務官(条約局長))
◆日本政府はアメリカの解釈が、ずいぶん前でありますが、初めて示されたときにすぐにそれに同意したのでも何でもないのであります。

◆アメリカの解釈が32年の末に出たから、すぐそれに応じたという次第ではないのであります。

115 川上貫一(日本共産党)
◆アメリカのそれが出なかったら変えやせぬのでしょう。アメリカの覚書という表現がよいか悪いか別として、これが出たから変えたんでしょう。

116 中川融(外務事務官(条約局長))
◆アメリカの覚書が出たから変えたのではないのでありまして、アメリカの覚書に書いてある解釈が適当であると考えて変えたのであります。

117 川上貫一(日本共産党)
◆アメリカの覚書が適当であると考えたというような答弁をしているのですが、そのアメリカの覚書というものはどういうことを書いてあるのですか。

118 中川融(外務事務官(条約局長))
◆大体の考え方は韓国における日本の財産が全部韓国政府の手に渡ったというこの事実は、第4条(a)項の特別取りきめを行なう際に当然考慮さるべきだ、いわば一種の相殺思想というものがうたわれているわけであります。

119 川上貫一(日本共産党)
◆日本の政府は軍令33号とヘーグの法規の46条は抵触しないと考えておりますか。アメリカの軍政庁の法令33号はへーグの法規以上の効力があるものである、こう考えて政府はこの解釈をとっておりますか。

120 中川融(外務事務官(条約局長))
◆アメリカが朝鮮で出しましたいわゆる軍令33号というものは、へーグの陸戦法規46条にきめてあるものを越えた措置であると考えております。

121 川上貫一(日本共産党)
◆越えた処置であることを認めたのですか。日本政府は33号はへーグの法規を越えたものであると認めた、こう解釈していいのですか。

122 中川融(外務事務官(条約局長))
◆へーグ陸戦法規の規定を越えたアメリカの軍令33号の効力を平和条約第4条(b)項で日本は承認しておる、こういう解釈でございます。

123 川上貫一(日本共産党)
◆へーグの法規を越えるようなものをどうして承認できる。そうすれば33号というのはへーグの法規以上の権威があるのですか。日本政府はどういう見解で33号がへーグの法規以上のものであるということをきめたのですか。

124 中川融(外務事務官(条約局長))
◆今度の戦争におきましては、従来の国際法の観念を逸脱した行為が非常にたくさん行なわれておるのでございまして、必ずしもこの軍令33号ばかりではございません。日本人の海外にある私有財産が平和条約によって補償なしにすっかり接収されてしまったという事態もございます。日本ばかりではございません。これはドイツの海外財産、あらゆる私有財産が結局連合国によって没収されておるのであります。さようなことが、結局平和条約によりまして敗戦国が承認するということによって、いわば最終的に決定するのでありまして、この4条(b)項の措置も結局そのような規定の一つである、かように考えます。

125 川上貫一(日本共産党)
◆(b)項によってこれを認めたということは、朝鮮で行なった軍政庁の33号がへーグの法規に違反しておるのだという前提のもとで日本政府が認めた、こうなるのでしょう。

126 中川融(外務事務官(条約局長))
◆軍令33号のすなおな解釈として、これは要するに最終的に所有権を取ったものである、接収したものである、かように解釈せざるを得ないというのがただいまの政府の考え方であります。

127 川上貫一(日本共産党)
◆(b)項では処分を承認しておる。それだから、処分は承認したけれども原権は残っておるのだという解釈を、調印をした当事者、吉田内閣の外務大臣が国会で主張しておるのです。どこまでも請求権はあるのだ。(b)項で認めたのは処分を認めたのであって、原権は放棄しておらぬと言うておる。あなたは初めから認めたようなことを言うておる。そうじゃないのでしょう。覚書が出たものだから、ここで考え方を改めざるを得なかったのでしょう。

128 中川融(外務事務官(条約局長))
◆覚書が出たから日本の解釈を変えたということは事実でないのでありまして、覚書と同じようなことは、すでに川上委員御指摘の通り、相当前にも提示されたことがあるのであります。日本政府が、日韓交渉等の関係を十分考慮した上で、従来の解釈が適当でないということで解釈を変えたのであります。

129 川上貫一(日本共産党)
◆覚書が出てきて、これで32年12月31日に変えた。

◆覚書が出たのは32年12月31日です。ところが政府がアメリカに通告したのも32年12月31日です。同じ日です。

130 中川融(外務事務官(条約局長))
◆覚書と実質的に同様なことはすでに数年前からわれわれ知っておるのであります。アメリカがこういう解釈をとっておるということは知っておるのでありしまて、考える期間と言えばむしろ数年間考えたわけでございます。決して覚書と同時に変えたというのではないのであります。

133 川上貫一(日本共産党)
◆林法制局長官の解釈は起草者であるアメリカの解釈を尊重して放棄した、そうして32年12月31日に放棄しますということを韓国に言っておるのです。覚書の日付は同じ年の12月31日なんです。考えてもごらんなさい、それが出るまで政府は請求権があると言ってがんばっておるのであります。

◆32年12月までは、政府は請求権があると突っぱっておる。ところが32年12月以後は、平然として請求権がないと言い出した。そうして覚書も出さぬと言っておる。率直に、アメリカの覚書によって変えましたとも言わぬのです、これはどういうことなんですか。

◆岡崎外務大臣が請求権ありと言ったこと、32年12月に覚書が出たこと、その同じ日に韓国に向かって日本政府は放棄をしておること、そしてその覚書は出さぬと言っておること、手のひらを返すごとく政府の見解を変えておる。

◆アメリカの覚書が出たからこれによって日本は解釈を変えましたという以外には、解釈の仕方がないのです。

◆32年12月の覚書が出てのっぴきならぬようになったから放棄したのだと解釈せざるを得ない。

◆これは率直に言って、アメリカが韓国で莫大な資産を略奪しておる、これを合理化する覚書だ。

◆韓国におけるアメリカ軍の略奪行為を合法化する覚書だ。

139 川上貫一(日本共産党)
◆いわゆるアメリカの合衆国の軍政庁の33号はへーグの法規違反であると政府は認めますか、どうですか。

140 中川融(外務事務官(条約局長))
◆へーグの陸戦法規を越えたものであると考えております。

141 川上貫一(日本共産党)
◆へーグの法規46条、占領軍は私有財産を没収することができないというのを越えたというのは、違反したということですか。

142 中川融(外務事務官(条約局長))
◆越えたという表現が一番適当な表現じゃないかと思います。
※1957年(昭和32年)12月31日、サンフランシスコ講和条約の解釈を変更した。1957年(昭和32年)12月31日に出されたアメリカの覚書が無ければ変更しなかったし、韓国の人質外交(1957年時点で951人が抑留)が無くても変更しなかった。
第39回国会 衆議院 予算委員会 第5号 昭和36年10月7日

147 木原津與志(日本社会党)
◆日本が韓国にある日本人の公有あるいは私有の財産を放棄するようになったのは、朝鮮軍の司令官が軍令33号によって没収をし、そうしてそれを韓国に移譲をしたからだという御説明でありました。私が調べてみますと、こういう日本の財産を軍令33号で没収をするということを発令をしたのは、昭和20年の12月の6日なんだ。ところが、同じ12月の19日に、当時の国連軍の最高司令官であったマッカーサー、そのマッカーサーはもちろん朝鮮の在韓米軍司令官、この33号で日本の財産を没収したその軍命令の上位の人です。マッカーサー元帥の全軍の軍令というのが出ております。それは、日本の財産を没収するということをやった33号が出て2週間ばかりあとに出ておるのでございますが、これによれば、マッカーサー元帥が管下部隊に対する軍令というのを1945年12月19日付で出しておりますが、これによると、占領軍は、国際法及び陸戦法規によって課せられた義務を順守するということを厳粛に宣言をしておるのでございます。

◆純粋な法律上の議論をさしていただくならば、この朝鮮にある日本の財産を没収した朝鮮軍の軍令33号というのは、マッカーサーのこの12月19日発した命令によって効力がなくなってしまっておる。従って、日本人の財産は没収されていないというふうに解釈をするのが私は正しい解釈ではないかと思うし、また、これによって、従来岡崎外務大臣以下この日韓交渉に当たった人たちは、この解釈で私は終始してこられたものだと思う。

148 中川融(外務事務官(条約局長))
◆占領軍であります以上、国際法あるいは戦時法規というものに従わなければならないのは当然でございまして、そういう原則があるにかかわらず、一方朝鮮においては、こういう一般国際法に反した措置をとった。

◆朝鮮につきまして出しました軍令33号というものは、一見一般国際法からは逸脱しておるようだけれども、これは今次戦争に伴う、今次戦争の跡を始末する一つの政治的な決定として行なわれたものである。従って、一般戦時国際法に基づく占領軍のすべき占領軍の権限、そういうものをきめましたものとは性質が違うのである。しこうして、その違うものを特にやはり将来疑義なからしめるために、平和条約4条(b)項ではっきり日本政府に承認させたのである。こういうのがアメリカの一貫した解釈でございまして、日本政府としては、何とかこういう解釈でなくて、在韓財産を救う道がないかといろいろ努力して研究してみたのでございますが、遺憾ながら、法律解釈といたしましては、やはり平和条約がすべてを決定するということが大原則でございますので、たとい国際法を越えた行為でありましても、平和条約できめましたものは、やはりそれによって合法化されるということを認めざるを得なかったのでありまして、政府といたしましては、その解釈を57年以来とっているわけでございます。
※軍令33号による在韓日本人の私有財産の没収が国際法違反であっても、サンフランシスコ講和条約で承認した以上は、それに従うより他にない。結局は、敗戦国に認めさせれば違法も合法になるのが国際法の実態である。
第40回国会 衆議院 予算委員会 第2号 昭和37年1月29日

112 井手以誠(日本社会党)
◆対日請求権に関連して言わねばなりませんことは、韓国に対する請求権である。30数カ年にわたって日本が営々として韓国に築き上げた財産というものは、おそらく今の金では数兆円に達するでありましょう。国際法によっても、個人の財産まで没収できるものではございません。

◆対日請求権について相談をする場合には、当然、あの覚書の相殺条項で相殺するということによって、日本の対韓請求権というものを私は爼上に乗すべきものだと思う。

◆個人の日本人の財産まで没収されておる。没収するのはけしからぬ、これは国際法違反だというので、後日あの覚書が出ていることを私は承知いたしておるのでありますが、その相殺条項というものを、この対日請求権の場合には、いわゆる対韓請求権として当然交渉の議題にすべきではないですか。

113 小坂善太郎(外務大臣)
◆終戦直後の軍令33号によって、アメリカが日本財産を没収しまして、米韓協定でこれを韓国に渡した、そして、日本はその事実を平和条約の第4条(b)項によって承認しているという関係でございます。

◆1957年にアメリカ解釈というものが出まして、こういうものを提供したという事実は考慮に入れるということでございますので、そういうことを頭に入れて交渉している、こういうことでございます。

114 井手以誠(日本社会党)
◆あなたは、この間外務委員会において、考慮に入れることになるのであるが、場合によっては韓国がプラスと思っておったのがマイナスになるということもあり得るとおっしゃっている。これは当然のことだと思う。日本に対して何億ドルかの請求権があると韓国は思っておるでしょうが、日本はそれよりもさらに上回った請求の権利があるという場合には、請求権というものは相殺されてゼロになることが考えられるでしょう。外務大臣は、この韓国における日本人の財産について、向こうが金額をもって交渉するならば、日本も、相殺の思想によって相討ちの思想によって、韓国にその金額、この程度のものはあるということを、当然お話しになるべきだと思う。

116 井手以誠(日本社会党)
◆日本人の財産を占領軍が没収をした。占領軍が没収をして3年あとに韓国に渡されておる。その韓国に渡したいわゆる日本人の財産のリストは出ておりますか。日本人から日本の財産を没収したすべてのものを占領軍がすべて韓国に渡したとか、話によると3年の間にかなり日本の財産が逸散したともいわれております。アメリカに持ち帰ったともいわれております。

117 伊關佑二郎(外務事務官(アジア局長))
◆米軍が韓国側に渡しました日本人の公私の財産のリストにつきましては、韓国側並びにアメリカ側に対して請求いたしております。アメリカ側からある程度のリストは参っておりますが、まだ完全なものではございません。それからアメリカ側は全部のものを渡した、こう申しております。
※韓国の対日請求権よりも日本の対韓請求権の方が圧倒的に大きいので、相殺すれば韓国には一円たりとも入らない。そのため、抑留者の相互釈放に合意した1957年12月31日以降も、韓国は人質外交を続けて相殺の反故を図った。
第40回国会 衆議院 外務委員会 第16号 昭和37年3月24日

035 木原津與志(日本社会党)
◆日本の対韓請求権の基礎が、たとい放棄はしたといえども、それが対日請求権のとりきめの際に考慮されるということでございますから、一体幾ばくの日本財産が没収されてそして韓国に移譲されたか、これが明らかにならなければ請求権の問題の交渉には私はならぬと思う。特に、また、アメリカから当時1948年に韓国に譲渡された日本の財産については、米韓移譲協定の付属文にそのリストがついておるはずであります。不明だとは言えぬと思う。

036 伊關佑二郎(外務事務官(アジア局長))
◆渡しました総額につきましてはわが方もよくわかっておりますし、アメリカ側の方でもその総額についてはわが方の数字と同じ数字を言っておりますから、総額については間違いございません。

039 木原津與志(日本社会党)
◆いつかの機会に、アメリカが没収した財産の総額及びアメリカがこれを韓国に譲渡した財産のリストを国会に提出される時期がやってくると思いますが、その際はっきり提出するということをお約束できますか。

040 伊關佑二郎(外務事務官(アジア局長))
◆発表できるときになりましたら発表いたしたいと思っております。
※外務省によると、没収された在韓日本人の私有財産の総額は分かっており公表する意思もあったが、公表されたかどうかは不明。
第43回国会 衆議院 予算委員会 第3号 昭和38年1月30日

182 木原津與志(日本社会党)
◆国民は、すでに不当に国際法に違反して、朝鮮在住30万の当時の在韓日本人が、終戦後私有財産にして1兆2000億といわれておるこの点について大蔵大臣からまた資料をいただきますが、関係者に言わせれば、10万人の個人財産1兆2000億という財産を、当時アメリカの軍司令官の軍令33号によって没収されてしまった。その没収された上に――これは没収か接収か知りませんが、この点についてもあとで外務省の見解をただしますが、それを1947年に、一方的に不法に国際法に違反して、アメリカが日本人の財産を接収して、そしてそれを米韓協定によって韓国にそっくりそのままただでやっておるのです。そうして先ほども言いましたように、韓国政府に対する財産請求権を、李ラインによって抑留された気の毒な抑留漁民を釈放してもらうそのカタに、岸内閣が当時放棄してしまった、もう取れなくなったというようないきさつがある。このいきさつに加えて、また5億ドルを税金で国民が負担しなければならぬということになれば、これはガリオア・エロア以上の財産を取られた人たちにとっては二重払い――5億ドルとして1800億円、人口1人当たり割り当てても、年寄りから赤ん坊に至るまで1人1000円の負担じゃありませんか。1兆数千億円の財産を不法に取り上げられて、韓国にそれがただで与えられる。その上5億ドル、1人当たり1000円の負担で韓国に経済援助をする。

◆アメリカが軍事占領と同時に日本の財産を没収した、その没収した財産は、韓国の対日請求権の支払いの場合に考慮するという覚書があるわけなんです。そのために必要なんですから、一体どういう財産、金額幾らぐらいの財産をアメリカが没収したか、その明細について私は以前から聞いておるのですが、その資料の明細を国会に出していただきたい、これは相殺の対象になる債権なんですからということをあなたに要求しておった。

◆幾らの財産を当時米軍が接収をしたのか、その点はっきりしていただくし、あなたの手元にある日本人の没収財産の目録を一つお示し願いたい。

183 田中角榮(大蔵大臣)
◆韓国政府が一番的確なものを持っておると思いまして、韓国政府側に対してこれが提出を求めておるのでありますが、韓国政府側は日本政府側の要求に応じないわけであります。

◆アメリカ軍が当時軍令33号によって接収をしたのでありますから、一体これに対してアメリカ軍は適切なものを持っておるということであるならばもらいたいということで、外務省側も調査を進めておるようでありますが、ごく一部のものしかまだこちらへ届いておらないという事実のようであります。

◆当時韓国から引き揚げてきた方々が自発的に集計をしたようなものもありますが、これに対しては、自分のものを自分で申告をしたということであり、現在の段階でこれにどの程度の信憑性を置けばいいかという問題に対しては、さだかな結論を得ておらないわけであります。

184 木原津與志(日本社会党)
◆この財産の金額を韓国の請求権と相殺するということが、アメリカの32年の覚書にはっきり書いてある。日本が財産請求権を放棄したということが、韓国の対日請求権の場合に考慮せらるべきだということになっておるわけなんです。それで、リストの上でどれくらいの財産請求権を当時日本は持っておったかということが明らかにならなければ、相殺するにもしようがないわけなんです。

◆どれだけの財産が没収されたのか明らかにならないということになれば、これは全く今度の5億ドルの合意というのは、これは積算の根拠に困るのじゃないかと私は思う。
※韓国の人質外交(1957年時点で951人が抑留)に屈して、アメリカに没収された在韓日本人の私有財産に対する請求権を岸信介内閣が放棄した。田中角栄大蔵大臣(財務大臣)によると、日本が放棄した対韓請求権と韓国の対日請求権を相殺するために必要な在韓資産の目録は不明。
第50回国会 衆議院 日本国と大韓民国との間の条約及び協定等に関する特別委員会 第6号 昭和40年10月29日

143 戸叶里子(日本社会党)
◆たとえば平和条約の第4条の(a)(b)の解釈について、かつて岡崎国務大臣は、昭和27年の5月14日にこういうことを言っておられます。「私は、この機会に、日本と大韓民国政府との間に従来交渉を行って参りましたその経過の概要を御報告したいと思います。」と言われて、「第一の財産及び請求権の問題といいますのは、サンフランシスコにおける平和条約第4条の(a)項によりまして、両国間で特別のとりきめをして解決することになっておるのであります。同時に、やはりこの第4条の(b)項によりますと、わが国は、朝鮮においてわが国及び国民が持っていた財産に対して米軍政府がとった処分の効力を承認することになっております。そこで問題は、この処分の効力を承認するという「承認」が、どういう意味であるかということになるのでありますが、この点では日韓双方の意見が食い違っておりまして、話がまとまらないのであります。韓国側では日本の朝鮮領有を不法であったというふうに初めから前提をいたしておりまして、かかる不法な領有の上に蓄積された日本の財産は、ことごとく非合法的性質を帯びたものである、従って米軍政府の命令第33号、いわゆるヴェスティング・オーダーと申すものでありますが、及び米韓協定によって一切韓国のものとこの財産はされたのである、日本はもはや何も権利を持っていない、むしろ韓国側は連合国並に日本に対して賠償に近いある種の要求をし得るものであるというような見解さえ表明して来たのであります。これに対してわが方は、韓国側のこのような主張は国際法上も歴史的にも問題とならぬのだという点を説明しておりました。現にサンフランシスコの平和条約におきましても、日本の朝鮮にある財産の処理については明文の規定がありまして、両国間で協議をするということになっております。また問題となっております平和条約第4条の(b)項、すなわち日本が財産処分の効力を承認するという意味も、その条文並びに一般国際法の原則、通則によって解決せらるべきものであって、朝鮮の米軍政府が占領軍としての資格において、日本の私有財産について敵産管理的の処分を行った場合においても、その財産に対する元の所有権は消滅しない、たとえば売却行為が行われたときに、その売却代金に対しては、日本側の所有者が請求権を持っておる。」と、つまり売却されたときでも、もとの所有者はその権利を持っているんだ、日本人の財産というものは失ってはおらないんだということをはっきりここで答弁されているわけでございます。
 ところがこの、政府が1957年の12月31日にアメリカ政府の見解を求べた口上書と日韓間の声明書で、突如として前に行なった在韓財産に対する請求権の主張を撤回したわけです。この突然の変化はどこから起きてきたか、日本の解釈を変えた理由は何であるかということを私はまず伺いたい。

146 椎名悦三郎(外務大臣)
◆大村の抑留朝鮮人、それからまた日本側としては拿捕漁船等がございましたが、これらの問題の解決の際に、従来の解釈を変えて現在のような状況に至ったのでございまして、その間の事情につきましては、なおアジア局長から詳しく申し上げます。

147 戸叶里子(日本社会党)
◆抑留者の問題や拿捕漁船の問題等もございまして、その意見を変えましたとおっしゃったわけですけれども、それは一体いつごろから変わってきたのでしょうか。

148 後宮虎郎(外務事務官(アジア局長))
◆船の問題、抑留者の問題を解決いたしましたのは昭和32年の12月31日でございます。

154 後宮虎郎(外務事務官(アジア局長))
◆サンフランシスコ条約の4条の中であの軍令の効果を認められました条項というのは、最後の署名直前に入ってまいりまして、われわれも非常に驚いたわけでございまして、それで、それまではこの請求権問題については、相互放棄とかいろいろな案が考えられておったわけでございますけれども、米側の最初の立場は、こういうことは両者がさしで話し合えばいい、あらためて平和条約できめておく必要はないという立場であって、大体そのラインでサンフランシスコ条約ができるものと予想しておりましたところ、最後のこのサンフランシスコ会議の直前にああいう条項が入ってきて実はわれわれ驚いた次第でございまして、あれ以来いま条約局長が申しましたような考え方にならざるを得ないんじゃないかという立場だったわけでございます。

◆韓国側がアメリカにも泣きつきまして、結局あの米側の解釈というものが出たわけでございます。結局あの年末に、あのときに問題になっておりました抑留者の引き取り等一括ひとつこの年末にいままでの懸案をすべて洗って、そうして今後の交渉を軌道に乗せるという考慮から、従来交渉上の技術として突っぱっていた立場を一応譲って、日本側もやむを得ないと考えておりましたサンフランシスコ条約のこの当初の解釈に戻ったというのが実情でございます。

168 戸叶里子(日本社会党)
◆これまで日本側が1957年まで日本に固有の在韓の日本人の財産はあるということで主張をしてまいりましたその根拠は、アメリカの出した軍令33号というものは国際法違反である、こう考えられたから主張してきたわけですね。

169 藤崎萬里(外務事務官(条約局長))
◆簡単に申せばそのとおりでございます。

170 戸叶里子(日本社会党)
◆この問題が質疑応答に出ました第38国会のころの中川条約局長は、「軍令33号というものは、へーグの陸戦法規46条にきめてあるものを越えた措置であると考えております。」と、こういう答弁をされておるのです。この「越えた措置」というのには何かあるわけですか。それとも、33号というものはへーグの陸戦法規46条に違反するものであると、そのものずばりと言ってもいい性質のものですか。

171 藤崎萬里(外務事務官(条約局長))
◆違反と言ってもよろしいと思います。
※韓国に抑留されている951人の人質を解放するために、サンフランシスコ講和条約の解釈を変更した。しかし、軍令33号による在韓日本人の私有財産の没収はヘーグ(ハーグ)の陸戦法規46条違反であり、国際法違反である。
海上保安庁 海上保安の現況 韓国による日本漁船のだ捕状況の推移(79コマ134ページ)

年別\区分 拿捕 帰還 未帰還 沈没 死亡
1947年(昭和22年) 7 81 6 81 1 0
1948年(昭和23年) 15 202 2 53 14 149
1949年(昭和24年) 14 154 14 220 14 80 3
1950年(昭和25年) 13 165 21 245 6 0
1951年(昭和26年) 45 518 42 518 9 0
1952年(講和発効前) 3 37 3 36 9 0 1
1952年(講和発効後) 7 95 0 63 16 32
1953年(昭和28年) 47 585 4 549 59 67 1
1954年(昭和29年) 34 454 6 289 87 231 1
1955年(昭和30年) 30 498 1 39 116 688 2
1956年(昭和31年) 19 235 2 23 132 905 1
1957年(昭和32年) 12 121 3 70 141 951
1958年(昭和33年) 9 93 0 922 150 122
1959年(昭和34年) 10 100 2 21 158 201
1960年(昭和35年) 6 52 0 253 163 0 1
1961年(昭和36年) 15 152 10 141 168 11
1962年(昭和37年) 15 116 5 100 178 27
1963年(昭和38年) 16 147 13 174 181 0
1964年(昭和39年) 9 99 7 99 182 0 1
1965年(昭和40年) 1 7 1 7 182 0
合計 327 3911 142 3903 182 0 3 8

 補足資料:拉致、強盗、李承晩ライン
※韓国による日本漁船の拿捕は、1966年(昭和41年)以降も行われた。
第19回国会 衆議院 水産委員会 第4号 昭和28年12月14日

005 宮内岸助(参考人、漁業者)
◆李ラインより20~30マイル離れたところで私どもは商売しておったのであります。そこで操業中に韓国の軍隊が来ましたけれども、自分たちは李ラインヘは別に入っておらぬと思って安心して、逃げも隠れもせぬで商売しておったのであります。

◆そのときの艦長がこう言われました。515の艦長であります。君たちは気の毒だ、日韓会談が――日韓会談もよう知りません。日韓会談が始まるから日本の政府は朝鮮の資産を要求する。

◆気の毒だがお前らを人質にとるというのです。こう言って連れて行った。結局日韓会談が始まる前の日であります。

008 宮内岸助(参考人、漁業者)
◆船さえもどったら自分らは何とも思いません。病気にかかったと思ってあきらめます。
※韓国に拿捕され、抑留され、漁船を盗られた漁業者の証言。
第27回国会 衆議院 農林水産委員会水産に関する小委員会 第1号 昭和32年11月8日

034 田口長治郎(自由民主党)
◆日韓会談がある程度予定通りに進んでいないため、報復手段とは解釈したくないのでございますが、韓国の取締船が日本の漁船を襲撃する回数が相当ひんぱんになっている。のみならず海域も、李ライン外のところとも思われるような、そういうところまでさんざん進出してきている。私が滞在中にも韓国船が、日本の2トン、3トン程度の小漁船をピストルで6発も撃っている。そうして私が対島を去った日からその翌日は、今度は小漁船を拿捕して韓国に連れていく。
※韓国は人質を取って交渉を有利に進めようとしている。という自民党議員の主張。
第41回国会 衆議院 外務委員会 第7号 昭和37年10月15日

039 戸叶里子(日本社会党)
◆最近漁船の拿捕が非常に多くなっていると思います。新聞の報道だけでも、3日と13日に拿捕されたということが報道され、そうして、13日には、逃げる人をつかまえて殴打して、そうしてピストルの何か銃の手が折れたとかなんとかというようなことまで報道されているわけでございますけれども、一体、なぜ今日韓会談の進められている最中にこういうことをするのでしょうか。

◆こういうふうなことをすることによって日韓会談を自分たちに有利にしようとする、人質を取って日韓会談を有利に展開しょうというふうにでも考えているのでしょうか。

043 戸叶里子(日本社会党)
◆こういうふうなことをやるような野蛮な国とは自分たちはとても国交正常化ができないという、そういう態度でなぜ会談に向かうことができないのでしょうか。そうじゃないから、向こうは幾らでも拿捕してくるのじゃないですか。
※韓国は人質を取って交渉を有利に進めようとしている。という社会党議員の主張。
第41回国会 参議院 運輸委員会 閉会後第3号 昭和37年11月10日

043 中村順造(日本社会党)
◆去る10月の13日ですか、二十二昭徳丸の拿捕、特にその拿捕の状況などを判断しますと、断じて許すことのできない内容を持っているわけです。

◆日韓交渉の大詰めを迎えた今日の段階で、こういうふうないわば海賊的な行為というのが今なお続けられておる、この点につきまして、大臣のお考えをまずお聞きしたいと思います。

045 中村順造(日本社会党)
◆今までの経緯から見ますと、それはあるいは昔でいう人質というようなものをとって、そうしてみずからの立場を有利にする、そういう考え方もこれにはうかがえるわけです。
※韓国は人質を取って交渉を有利に進めようとしている。という社会党議員の主張。
第42回国会 参議院 予算委員会 第4号 昭和37年12月21日

087 鈴木一弘(公明会)
◆今までのやり方を見ておりましても、前の李承晩の政権のときには、絶えず人質をとってはおどかして、われわれに交渉を迫る、あるいは会談を非常に困難な難所に追い込めておる、それでは、一体朴政権になってどうかといえば、やはり同じように、先日は、大野さんが行かれたときには、33人の釈放ということが12日にされておりますけれども、また19日には、韓国に下関の漁船が拿捕されるような状態、言いかえれば、圧力交渉を受けているような感じを私たちは受ける。のど元にあいくちを突きつけられて、そうして早く請求権を解決しろというような、まるで、何というのですか、ふんなぐっておいてから物を取ろうというような、二重三重にこちらのほうが圧力を受けているような感じを、これは国民の全般としては受けざるを得ないということです。
※韓国は人質を取って交渉を有利に進めようとしている。という公明会議員の主張。
第43回国会 参議院 本会議 第4号 昭和38年1月25日

018 辻武寿(公明会)
◆昭和27年1月、韓国側によって一方的に作られた、いわゆる李承晩ラインは、済州島付近で70~80海里、最大は200海里の幅を持ち、深度200メートルに及ぶ大陸だなと、さらに海上までも韓国の主権が及ぶという、前代未聞の主張であり、国際法の常識をも逸脱した全くの横車であります。このように身勝手な宣言をしながら、韓国側は終始一貫、季ラインにおける漁船の拿捕と漁夫抑留という手段で、日本の譲歩を求めてきたのであります。
※韓国は人質を取って交渉を有利に進めようとしている。という公明会議員の主張。
第46回国会 衆議院 外務委員会 第36号 昭和39年9月10日

067 戸叶里子(日本社会党)
◆韓国の外交というのは大体そうだと思うのです。何かやってもらいたいときには日本の国を何かの形で刺激をする、刺激をする場合には漁船を拿捕する、こういう形で自分たちのほうに有利にしようとするのが韓国の外交だと思いますけれども、こういう点について椎名外務大臣はけしからぬことだとお思いになりませんですか。

071 戸叶里子(日本社会党)
◆この2隻というのは、韓国のほうで自分たちのいろいろな条件を有利にするために政治的に拿捕したということが明らかでございます。
※韓国は人質を取って交渉を有利に進めようとしている。という社会党議員の主張。